この通りはなあ、
ほんまにいい風が通るんや

そうこの地に長く住まうおかあさんはおっしゃいます。

北は八坂神社の正門(南楼門)より始まり、南は八坂通までに至る南北約500メートルの通りを
「下河原通(しもがわらどおり)」と申します。
今ではもうその痕跡はわかりませんが、以前はその名のとおりに川が流れており、河原だったという土地柄です

ここ東山の特徴として、美しい山と水が織りなす静謐な景色があります。
八坂神社の鳥居を出て南へ下がりますと、法観寺五重塔=八坂の塔が見えてきます。とてもわくわくする光景です。
初めて訪れた時でさえも、八坂の塔を見つけるとなんだか見たことがある景色のように感じられます
TVや画像などで、京都といえば誰もが必ず八坂の塔は見たことがあるのでしょう。
たとえそうであれ、なんだか見覚えのあるような懐かしい景色・・・無条件で心が躍ります。

京都のいいところ、
ぎゅっと詰まっています

下河原通は、通りの東側にある高台寺圓徳院にて晩年をお過ごしになった太閤秀吉の正室・ねね様と(高台院北政所)の深いかかわりがございます。
慶長10年の高台寺創建に際し芸能を愛されたねね様のお召しによって、この界隈に居を構えた優れた芸妓は「山根子(やまねこ)」と呼ばれました。
この芸妓たちの活動は、現在一般的によく知られている祇園甲部などの花街の成立よりも歴史は古いものとされています。
さらにさかのぼって、平安時代においては、平安京の東の墓地である鳥辺野(とりべの)にほど近く、
また東山には様々な宗派の墓地が点在しており、その荘厳さは実際に見てみると圧倒されるものです。

清らかな中に無常やはかなさを感じられるのは、そういった東山の歴史の一端を担い、近くに死を意識させるものがあるからかもしれません。
ここは、静謐な山々と、にぎわう観光の街、そのはざまにあるどこか不思議な土地なのです。